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本格化するか個の医療 (2014年3月)
 1月27、28日にComputer History Museum(Mountain View, CA)で開催されたPMWC (Personalized Medicine World Conference) 2014に参加した。PMWCは個の医療をテーマとする会議で世界各国から1000人ほどの参加者がある。
 今年はAgendia社のMamaPrint、Genomic Health社のOncotypeDXが世に出てから10年目にあたる。MamaPrintやOncotypeDXは、腫瘍細胞中の複数の遺伝子発現状態を調べ、総合的に判断して個々の患者の乳ガンの再発、転移および化学療法効果を予測するテストである。この2社が提供する乳ガンの予後予測は、個の医療を提供するのに一役買ってきたが、今回の会議ではそのこれまでの歩みと個の医療の今後について焦点が当てられた。
 ガンの治療には大きく分けて3つの方法がある。患部の外科的切除(手術)、放射線治療、化学療法剤による治療である。もっとも効果的とされる外科的切除が第一に選択されるが、手術が難しい(技術的に難易度が高い、患者の体力に問題があるなど)と判断された時には放射線治療そして化学療法となる。もちろんガンの種類によって効果の期待できる治療方法は変わってくる。従来は手術あるいは放射線療法の後は再発をおそれて必ずといっていいほど化学療法が加えられた。
 ところが、患者によっては、正確には患者の抱えるガン細胞によっては再発の危険が低いもの、化学療法剤の効果が期待できる/できないものがあることが次第に認識されるようになったのである。そこで登場したのが、ガン細胞の性格をその遺伝子発現状態から知ろうというテストであった。
 当初、乳ガンの予後予測を提供するサービスは全く新しいビジネスモデルであった。そのため患者や医療従事者に対しては、サービスの有益性、信頼度などを理解してもらうのに時間がかかり、また、保険会社に対してはこのサービスを保険適用にして利用促進することが、過剰な化学療法や必要のない治療を削減して結果的に医療費削減につながるということへの理解を得るのに苦労した。また、同じ手法を用いて心臓移植の際の適合性を予測するテストなどが開発されるのを見て、FDAはIn Vitro Diagnostic Multivariate Index Assays(IVDMIAs)というカテゴリを新しく作り、これらの診断テストに対処する態勢を整えたのであった。
 現在、乳ガン予後予測テストは普及が進み、保険会社もようやく理解を示し、保険適用にも積極的になってきた。テスト自体も改良が重ねられ、また大腸ガンや前立腺ガン用のテストも開発された。大きなメディカルセンターではガン細胞の遺伝子突然変異の検出を日常的に行なって、個々のガンの特性を捉えようとするまでになった。
 これまでの10年は、本当に個の医療というものができるかどうか、試験的期間だった。ようやく広く、その実現性と有用性が認められるようになった段階といえよう。これからは、もっと積極的に個の医療ができるように、診断、医薬品、その他のツールの開発、充実がのぞまれる。
 本会議中、多くの新興企業の発表があった。カスタムメードのガンワクチン生産を行なうBiovax International社、新しいバイオマーカーを基にガン細胞を検出、攻撃する薬剤の開発を行なうOncoMed社やEndocyte社などが注目を集めた。バイオマーカーの種類が増え、それに伴い薬剤や治療法が増えれば、患者一人一人に合ったものが選べる機会が増えるわけで、そのことは個の医療が前進する力となるだろう。
 また、昨今はゲノム解析が迅速、安価に出来るようになったのに伴い、ウェブ上でゲノムの解釈ツールを提供する企業が多く台頭している。Ingenuity社、Omicia社、Cypher Genomics社がそれだ。これらのゲノム解釈ツールはアップロードされたゲノムデータから疾患原因となる遺伝子の変異を優先的に検索・同定し、診断や治療に役立つ情報を1時間以内に提供する。大学のメディカルセンターなどの実際の臨床現場では、全ゲノム解析は非常にまれな疾患(診断がなかなかつかない疾患ということになる)の診断に威力を発揮していることが披露されたが、これは患者一人一人に非常に特殊な診断をする点で個の医療の出発点の最たるものといえるだろう。
 Personalized MedicineまたはPrecise Medicineの概念ができてから久しいが、ようやくその実現が可能だと言えるようになったのが現状だと思われる。患者の側から病気をみて、患者一人一人に合わせた治療が標準となるような医療が提供される日が近いことを祈ろう。
以前の掲載コラム
最近の研究対象
個の医療を実現可能にする日本の新産業創成にかかる考察
研究・技術計画学会 第25回年次学術大会      演題番号:2D02      2010年10月10日      於:亜細亜大学
講演要旨
個の医療を実現可能にする科学技術の知見や産業創成のための初期段階として、疾患と遺伝子との関係、薬剤と遺伝子との関係を解く研究 (pharmacogenomics, pharmacogenetics) の成果がいくつか出始めている。米国では、それらを利用する診断検査機器の開発が急速に進んでいる。たとえば、先天性遺伝疾患の検出、特定の薬剤に対する反応性・代謝を調べるgenotyping、患者特有のガンのタイプの同定、乳がん再発の予測、心臓移植後の急性拒絶の予測を行うgene expression profilingなどの診断、さらにそれに即した治療の適用が米国の新しい医療ビジネスを賑わしている。一方で、全遺伝子(ゲノム)を対象として、疾患に取り組む動きも急進している。ごく最近の全遺伝子解析機器の研究・開発は、小型、迅速、簡便、廉価を求めて日進月歩である。筆者と高田(現:大阪市立工業研究所)は、本会の第23回年次学術大会において、次世代の日本の新産業の方向性について議論したが、本稿ではこのようなGlobal Sustainabilityを持つ日本独自の新産業構造を将来の個の医療の実現に向けて考察し議論する。
Personalized Medicineを可能にする遺伝子解析を基にした診断機器開発の現状と将来
第29回 臨床薬理学会年次総会      演題番号:S2−1      2008年12月4日      於:京王プラザホテル、新宿、東京
シンポジウム S2:PGx-based medicineにむけた遺伝子解析機器の開発 ―次世代医療機器評価指標の公表を踏まえて―
講演要旨
疾患と遺伝子との関係、薬剤と遺伝子との関係を解く研究 (pharmacogenomics, pharmacogenetics) の成果はきわめて少ないが、それを利用する診断検査機器の開発が急速に進んでいる。現在、先天性遺伝疾患の検出、特定の薬剤に対する反応性・代謝を調べるgenotyping(遺伝子のバリエーションを調べる)のみならず、同定の難しいガンのタイプの同定、乳がん再発の予測、心臓移植後の急性拒絶の予測を行うgene expression profiling(多数の遺伝子の発現パターンを調べる)が米国の市場を賑わしている。一方で、全遺伝子(ゲノム)を対象として疾患との関係を見ようという動きも急進している。 最近の‘point-of-care’、’lab-on-chip’の言葉に表されているように遺伝子解析機器の研究・開発は、小型、迅速、簡便、廉価を求めて進んでおり、それを支える技術として、nanotechnology、microfluidics、biochipは欠かせない。
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